INTERVIEW ジャンプラ読切沼のわたしたち

「売れてる作品ばかりカゴに入れてる場合ちゃう」
衣食住“漫”の麒麟・川島明が語る
ジャンプラ読切の興奮と熱狂

「少年ジャンプ+」10周年を記念した特別インタビュー企画「ジャンプラ読切沼のわたしたち」。この企画では、ジャンプラ読切の魅力にどっぷりはまって抜け出せない、7名の漫画好きの著名人にオススメのジャンプラ読切をセレクトしてもらい、その魅力を存分に語っていただきます。

第1回となる今回は、芸能界きっての漫画通として知られるお笑い芸人の川島明(麒麟)さんをお呼びしました。セレクト作品の見どころ解説はもちろん、「すべての環境が整わないと楽しみにしてる新刊は読まない」という強いこだわりを持つ川島さん自身がこれまでどんなふうに漫画と接してきたのか、漫画とはどういった存在なのか、存分に語り尽くします!

芸人
麒麟・川島明
1999年田村裕とともに「麒麟」を結成。M-1グランプリ2001で第5位入賞。現在はTBS「ラヴィット!」にてメインMCを務め様々なバラエティで活躍中。趣味は漫画、イラスト、ゲーム。

「なんで服着てるんですか?」って
聞かれた気分です

川島さんにとっての漫画の原体験はどういうものでしたか?

物心ついたときから家の本棚に『ドラえもん』(藤子・F・不二雄、小学館)と『キン肉マン』(ゆでたまご、集英社)の単行本があったのを覚えてますね。たしか、親戚が受験かなんかのタイミングで『ドラえもん』全巻を譲ってくれたんです。で、『キン肉マン』は4歳上の兄が1巻、2巻と買ってたのかな。この2つが僕の漫画の原点でしたね。

その環境があったことで、自然と漫画に親しむようになったと。

そうですね。絵本とかよりは『ドラえもん』と『キン肉マン』ばかりをずっと読んでいた記憶があります。同じ話を何度も何度も、延々と。その頃から「漫画は毎日1冊読む」が習慣になってたと思うんですよね。寝る前に必ず1冊読むっていう。そのルーティンは今でも続いてます。

今でも! 毎日相当お忙しいと思いますが......

それでも絶対に漫画読む時間は取るようにしてます。朝の番組を帯でやってるので毎日夜9時に布団に入るんですけど、9時から10時の限られた1時間で漫画、映画、ドラマなんかを集中して鑑賞するという時間を作ってますね。

お仕事柄、バラエティ番組などをチェックする時間も必要だろうと思うのですが、それとはまた別で?

バラエティは移動中とか、楽屋での待ち時間とかに観ることが多いですね。逆に、漫画はそういう空き時間には読まないようにしてるんです。作家さんが命を懸けて描いておられる以上、やっぱりこっちも真剣に読もうと思うんで。

なるほど!

基本的に、すべての環境を整えてからじゃないと楽しみにしている新刊は読まない。部屋を暗くして、雑音に邪魔されないように耳栓をして読みます。体調が悪いときは読まないようにしてますし、なんとなく適当に読むようなことは絶対にしないですね。だから、いつまで経っても手を着けられずにいる新刊が常に何冊もたまってます(笑)。

漫画が広く親しまれている理由のひとつに“カジュアルに楽しめるから”というのもあると思うのですが、川島さんにとっての漫画はそういうものではないと。

ギャグ漫画なんかはたまに気分転換で読むこともありますけど、基本的には楽屋とかでもあんまり読みたくないですね。

なぜ川島さんにとって漫画がそこまで大事なものなのでしょう?

なんなんですかね? けっこうホンマ、衣食住くらい大事なものなんで……。

衣・食・住・漫みたいな。

ですねえ。だから「なんで服着てるんですか?」って聞かれた気分です。今。
おなかが空いたらごはんを食べるし、仕事が終われば家に帰るじゃないですか。漫画を読むのもそれと同じようなもんなんです。だから「なぜ?」と言われても(笑)。

たしかにそれだと理由はないですね(笑)。

まあ僕はあんまり小説とかは読まないですし、映画は好きですけど、映画通と言われる人たちに比べたら全然やし。自分にとって一番身近な“異世界へ行けるツール”が漫画なんかなって。

漫画もお笑いも“つかみ”が大事

好きな作品の傾向などはありますか?

それこそ『週刊少年ジャンプ』とかの少年誌はずっと大好きでした。青年誌系のディープな作品やグロいやつなんかもめっちゃ好きだったんですけど、妻と出会って変わったところがけっこう大きくて。

そうなんですね。

実を言うと、妻は僕以上の漫画好きで、その週の『呪術廻戦』(芥見下々、集英社)の展開によって体調の良し悪しを左右されるくらいのガチなんです(笑)。彼女の影響で、それまで一切触れてこなかった少女漫画とかの女性向けジャンルが、こんなにおもろいんやって知ったんですよ。それ以来、今は分け隔てなくいろんな作品を読むようになりましたね。

ジャンルで選り好みせずに、幅広く楽しみたいと?

肉ばっか食べててもニキビできるしね。たとえばホラー系の作品を読んで、「めっちゃおもろいけどちょっと怖すぎたな」ってときは『こち亀』(秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』、集英社)を1冊だけ読んでバランスを取ったりもします(笑)。ちょっとチェイサー入れて、睡眠に影響を及ぼさないように。さっきも言いましたけど、寝る前に読むんで。

川島さん的に“名作の条件”みたいなものは何かあったりしますか?

「まず1巻おもろないと買わない」っていうのはありますね。僕らの仕事でも「最初のひとボケ、ひと笑いまでの時間をいかに短くするかが重要」とよく言われるんですけど、それと同じなんかなと。名作と呼ばれるものには、初動のスピード感が共通してあるような気がします。逆に「最初からこんな飛ばしてて、あとが持つんかな?」と不安になる作品もあったりしますけど(笑)。

これまでの人生で出会ってきた漫画の中で、川島さんがとくに影響を受けた作品を挙げるとすると?

松本大洋先生の『ピンポン』(小学館)ですかね。実はこれ、連載当時は知らなくて。芸人になってから知ったんですよ。そのときのことはよく覚えていて、オーディション用のコントネタを書いてたんです。それが書き上がって「はよ終わったから漫画読も」と思って『ピンポン』を読み始めたら、あまりにも面白くて……!

わかります……!

「こんな感動すんねや」「こんなに人間の深い部分を描くんや」と衝撃を受けたんですね。ほんで読み終わったあとに、さっき書いた自分のコントがめちゃくちゃ陳腐に思えてきて。「なんだこれ?」みたいな。

(笑)。

で、またイチから朝までかけて全部書き直して、そのネタでオーディションに受かったという思い出があります。直接的に設定を借りてきたとかではないんですけど、書き手としてのスタンスみたいなとこで『ピンポン』に受けた影響は大きいですね。

『ピンポン』がなかったら今の川島さんはないと言っても過言ではない?

そうですね。あとは、『あしたのジョー』(高森朝雄・ちばてつや、講談社)もでかいです。もちろんリアルタイムでは知らないし、中学生になってから読んだんですけど、主人公の矢吹丈が決して“いいやつ”ではないじゃないですか。人間的に不安定な人物を主人公にするっていうのが、ほかの漫画とはちょっと違ったというか。とくに、連載されていた70年代当時はかなり異質だったはずで、「完璧な主人公じゃなくていいんや」というところにすごく勇気をもらいましたね。

普段生活している中で、「この考え方は漫画の影響だな」と感じる瞬間はありますか?

「間違いって、自分で認めなかったら間違いじゃないんやな」という考え方は『キン肉マン』に教えられたと思いますね。いわゆる“ゆで理論”と言われるところなんですけど、まあ作画ミスの多い作品ではあるじゃないですか(笑)。でもゆでたまご先生は、そのミスを全部伏線にして、無理にでも回収してしまう。

ゆで先生の“発明”と言ってもいいかもしれないですね。

あとから考えると「あのミスがなかったら今この展開はなかった」と思えるものに昇華しちゃうっていう、そのスタンスにはかなり影響されました。僕らの仕事でいうと、たとえばスベることが“失敗”だとしたら、それを伏線として何か回収できたらそれはミスではなくなるんです。『キン肉マン』には、人間にとって大事なことが詰まってると思いますね。

「少年ジャンプ+」が今の王道を作っている

「少年ジャンプ+」というアプリと出会ったきっかけは?

これも妻から教えてもらったのかな。ちょうど電子書籍で漫画を読むことが増えてきたくらいのタイミングだったこともあって、「少年ジャンプ+」というアプリも自然に入ってきました。「こういう媒体があるんやな」と思ったのが出会いで、そこから好きな作品がめっちゃ増えましたね。

全般的にはどんな印象をお持ちでしょうか。

少年誌よりは、もうちょっと大人向けなのかなと。刺激的な題材の作品とか、ちょっとセクシーな作品とかもあるんで、個人的な好みとしては『週刊少年ジャンプ』本誌よりも好きですね。ただまあ、どちらかというと単行本派なので、買ったやつが「少年ジャンプ+」の作品だったことにあとで気づくパターンもけっこう多いです。たとえば『SPY×FAMILY』(遠藤達哉)もそうですし、『怪獣8号』(松本直也)、『ダンダダン』(龍幸伸)とか。今の王道を作ってるのが「少年ジャンプ+」なのかなって印象がありますね。

「少年ジャンプ+」の読切作品はよく読まれますか?

そうですね。雑誌でも、連載作品の中に読切が挟まれることは文化として普通にあったんで、子供の頃からそれを読むのがけっこう楽しみで。

読切ならではの、連載作品とは違う魅力はどういうところにあると感じますか?

いわば、スタメンじゃなくて代打で「この打席だけがんばれ!」と言われて出てくるようなもんなんで、酷っちゃ酷ですよね。一打席で結果を出さないといけないプレッシャーの中で、命削って描いてはんねやろなと。だから必然的に当たり外れは大きくなるかなと思います。

ホームランか三振か、みたいな。

その分、その作者の作家性みたいなものが色濃く出やすいと思うんですよ。そのときヒットしている作品の傾向からすると異質な、浮いている作品が多い。だから読切ならではのエグ味も出るし、それが旨味になってたりもするっていう。読んでて一番興奮しますよね。読者と作者の距離が一番近いのが読切なんかなと思います。

指一本触れちゃいけない、かわいげゼロの傑作

今回、そんな「少年ジャンプ+」の読切作品から川島さんオススメの3作をセレクトしていただきました。鈴木祐斗『ロッカールーム』、三上カン『イマジン』、大鳥雄介『フリーダム』というラインナップになっていますが、これらを選ばれた理由は?

まず『ロッカールーム』なんですけど、のちに『SAKAMOTO DAYS』(集英社)を描かれる鈴木先生の作品でありながら、まったくテイストが違いますよね。デビュー作の短編『骸区』も「少年ジャンプ+」で読めますけど、これもまた作風が全然違う。それぐらい発想力のある作家さんなんで、やろうと思えば『ロッカールーム』ももっといろんな要素を盛り込めたと思うんですよ。よくここまでシンプルに、伏線を張ったりすることもなくキレイにまとめたなと。まさに読切ならではの簡潔な美しさがあって、めちゃくちゃ好きな作品ですね。

『ロッカールーム』(©鈴木祐斗/集英社)

たしかに、新人時代に描かれたものとはとても思えない完成度です。

新人さんはとくに「あれもこれも」って描き込みたくなるものじゃないですか。で、ソースかけすぎて結局これなんの味やねんみたいな(笑)。でもそれがまったくなくて、「しいて言えば」とかも出ない。これは直すところがないっていうか、指1本触れちゃいけない作品なんじゃないかなと思います。かわいげゼロですね。

(笑)。

僕、この作品を読んで思い出したことがあるんですよ。2003年くらいに麒麟として初めて1000人キャパくらいのでかい会場でライブをすることになって、しかも「やりたいことをやっていいです」と。漫才だけでなく、15分くらいの長尺コントもやることになったんです。それなら何か映画的なやつを1本作りたいなと思って……芸人やったら全員が1回は観る『キューブ』って映画があるんですけど、あんな感じの脱出劇を作ろうと思いついて。

1997年のカナダ映画ですね。ワンシチュエーションの低予算映画としては異例のヒットを記録したという。

僕と田村(田村裕/麒麟)が目覚めたら変な空間にいて、それこそ『ロッカールーム』に出てくるロッカーみたいな箱が目の前に置いてあると。そこに何か物を入れると、なぜか中身が変わって別の物が出てくる。いろいろやっているうちにそれがしりとりになっていることに気づいて、「“タムラヒロシ”につなげられたら出られるんちゃうか」みたいな展開になるんですね。だけど実際につなげてみたら、“タムラヒロシ”が“死”につながっていたというオチにしたんですけど……作家さんにそのアイデアを伝えたら「それ、何がおもろいん?」って言われたんですよ。

ぶわはははは! ホントですね(笑)。

設定を生かすことに執着しすぎて、肝心の“笑い”を考えてなかった。怖がらせてどうすんねんっていう(笑)。だからそのアイデアは諦めて、もっとポップなネタに変えたんです。それと比べたらダメなんですけど、あのアイデアをうまくエンタメに昇華した模範例がこの『ロッカールーム』なんかなと。上手にやったらこうなるんだというのを見せてもらった感じがしましたね。だからこれはホンマ、読む人を選ばない作品だと思います。すでにドラマ化もされていますし(2020年にフジテレビ系『世にも奇妙な物語 '20秋の特別編』にて『コインランドリー』のタイトルで実写ドラマ化されている)、普段漫画読まへん人でも楽しめると思います。

何がやりたいかわからへん人に読んでほしい

続いて、『イマジン』についてはいかがでしょう。

これもまた画力が完成しすぎてますよね。漫画だからできる表現がすごく多いところにも惹かれました。とくに終盤の見開きが続くところの画、これめっちゃ好きですね。主人公の創二が走っていく疾走感と、彼自身の想像力=イマジンが混然となって背中を押してくれるという描写ですけど、たとえばこれを実写でCG使ってやったら、お金がかかるわりにチープになりやすいと思うんですよ。

たしかにそうかもしれません。

漫画でしかできない表現だと思うし、そこに三上先生の「僕はこれが好きやねん」って思いも乗っかってるのが伝わってきて、めちゃくちゃキレイやなと思いました。このシーンは描いてて楽しかったやろうなあと。この作品を読んで漫画家や小説家、クリエイターになろうと心を決める人も多い気がしますね。

『イマジン』(©三上カン/集英社)

たしかに、この作品には多くの人が勇気づけられるでしょうね。

芸人にも通ずるものはあると思います。僕も何かひとつのことを考えだすとほかのことが手につかなくなっちゃう、創二と似たようなタイプでして。だから僕、実は運転免許持ってないんですよ。運転中に何か考えだしたら危ないなと思って……でも、その性質がこの仕事をする分にはけっこう武器になっていて。ネタとか大喜利とか、ほかのことには目もくれずに集中して考えることが結果につながる仕事に就けて幸運やったなと思います。

そんなふうに、クリエイター目線で刺さる部分が多そうな作品だと感じます。

「世間の大多数が正しいとするものに合わせるよりも、自分の中の正義に従って生きたほうが生きやすいよ」ということを描いた作品なんですけど、それが全然説教くさく描かれていないのもいいなと思います。すごく今の時代に合っているというか……ヒロインの凛子が創二に言う「とっくにこっち側の人間なんじゃないの?」ってセリフとか、鳥肌もんですよね。この凛子の軽やかなキャラクター性や絵柄の爽やかさによって、堅苦しさを感じさせない作品になっているのがすごいなと思います。

おっしゃる通り、内容的には重めなんですけど手触りはあくまでポップなんですよね。

深いこと言ってるわりにヘビー級にならない、そうさせないだけの画力を感じますね。あとは、話の展開も見事やと思いました。最初のページに描かれる宝箱がキーアイテムなんやろうなと思わせておいて、終盤でその中身をちゃんと明かすじゃないですか。それってけっこう怖いことだと思うんです。箱を開けた人の顔だけ描いて、中身は読者の想像に委ねるみたいな見せ方もできますよね。これは一見おしゃれですけど、逃げっちゃ逃げやから、正面からちゃんと描いてくれたのは気持ちよかった。しかも、めっちゃええ話でしたし。

そこからつながる「小説家を目指すことを親にどう理解してもらうか」みたいな展開も、ある種の“クリエイターあるある”ですよね。

小説家になりたい人とか、もの作りしたい人の背中を押す作品なのは間違いないと思うんですけど、何がやりたいかわからへん人にも読んでほしいですね。とくに若い人だと「将来、自分は何をしたいんだろう?」と悩んでいる人も多いと思うんですけど、みんなの中にこの箱はあると思うんで。フタをしているのは自分なのかもしれないし、『イマジン』を読むことでそのことに気づけるかもしれない。この作品がその箱を開けるカギになるかもしれないので、若いときに読んどいてほしい作品ですね。

おっさんでこの作品が嫌いな人はまずいない

『フリーダム』も、これまたすごい作品です。

これ、めっちゃ好きですね。『ロッカールーム』や『イマジン』とは対照的に、すごく読者を選ぶというか(笑)。女性読者を取り込む気がまったくないですよね。地下格闘場で剣闘士たちが戦わされてるっていうハードな世界観もそうですし、キャラクターデザインも無骨な感じで。主人公の盟友的な存在として出てくるサムなんて、こんなゴツゴツした岩みたいなデザインにする必要あります? 僕は大好きなデザインですけど、ストーリー的にはこのポジションってべつに美少年でもいいし、かわいい女の子とかでも成立するじゃないですか。

『フリーダム』(©大鳥雄介/集英社)

本当にそう思います。さっきの『イマジン』の話にも通ずるところですけど、これを描いた大鳥先生は“世間的によしとされているもの”にまったく囚われていない感じがしますよね。

たしかにそうですね。「こうしたら人気出るやろ」じゃなくて、「これが描きたいから描いてるんだ」という潔さを感じます。そのメンタルがめっちゃ男前やなと。刺さる人にはめっちゃ刺さる作品だと思いますね。だから『ロッカールーム』『イマジン』とは選ぶ基準がちょっと違っていて、これは完全に個人的な趣味で選ばせてもらいました。

こういう“偏った”作品が読めるのも、ある意味読切ならではですよね。

ホンマですね。あとこれも『イマジン』とかぶる話になっちゃうんですけど、サムが「いつか自由の身になってどうしても見たいんだ」と夢見ていた“世界樹”が、最後にちゃんと画として描かれますよね。しかも、「パパが話してくれた」とかってサムの思い入れがさんざん語られて、フリも利かせてハードルを上げに上げてるじゃないですか。だからこそ画面には出さない選択肢も十分あり得たと思うんですけど、「あ、見せるんだ?」みたいな。それも、なんてことないただのでかい木っていう。

そこもリアルですよね。我々が旅行先で見る観光名所なども「え、こんなもん?」ってことがよくありますし。

そうそう。そこを大げさなものとして描かず、「彼が求めていたのは人々の笑顔でした」みたいなキレイ事に逃げることもせず、ただのでかい木としてそのまま描くっていう。このサラッとした見せ方に大人の余裕を感じますね。「どうですか? めっちゃいい話でしょ?」みたいな押しつけがましさが皆無で、カッコいい終わり方やなと思いました。

あとはやはり、主人公のアーサーとサムの奇妙な友情にグッと来ますよね。

少年漫画育ちはこういうの好きですよね、間違いなく。『DRAGON BALL』(鳥山明、集英社)でいうところのピッコロと悟飯だったり、『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』(エニックス)のライアンとホイミンだったりの関係性にも通ずるものがあるというか。「あんだけ厳しい男が、こいつにだけは優しい」みたいな設定って、大好物なんです。おっさんでこの作品が嫌いな人はまずいないと思うんで、おっさんは全員読んでほしいですね。ギャルに無理やり「これ読め」とは言わないです。

あははは(笑)。

どんなルックスでもいいはずの登場キャラが造形的にもれなく怖いんで(笑)。だから、一切媚びてない感じがしますよね。そういう、時代に逆行しているところがこの作品の最大の魅力なんじゃないでしょうか。

土のついた野菜も食べてみたら意外とうまいよ

あらためてジャンプラ読切はどういう存在だと感じますか?

読切って、昔のほうが読まれる機会が多かったかなと思うんです。漫画は基本的に雑誌文化だったんで、1冊雑誌を買ったら目当ての作品以外も全部読むじゃないですか。音楽とかもそうですよね。チェッカーズ観たいから『ザ・ベストテン』観るけど、「誰やねんこれ」みたいな演歌の人とかも観なあかんみたいな。でも、「あれ? 聴いてみたらええ曲やがな」みたいなことが昔は頻繁にあった。でも今って、自分が選んでないものは一切入ってこない時代になっているというか。

おっしゃる通りですね。意外なものと偶然に出会える機会はかなり減ったように思います。

そういう意味では、読切にとって厳しい時代になっているのかなとは思うんですけど、やっぱり読切には唯一無二の鮮度と熱量と、ちょっと不器用な感じがあるんで。食べ物ばっかりオーガニックがもてはやされてますけど、漫画にもそれを求めていただきたい。「土のついた野菜も食べてみたら意外とうまいよ」ってことを伝えたいですね。

“素材の味”が楽しめますからね。

漫画界の10年後を支えることになる漫画家が絶対にそこにいるんで、その作家さんの生活を安定させることが我々読者の漫画人生を安定させることにもつながりますから。売れてる作品だけカゴに入れてる場合ちゃうぞ、ってことは言っておきたいです。

ただ、川島さんもおっしゃったように今は“出会い方”が難しくなっていると思います。読む作品の選び方がわからない人に向けてのアドバイスは何かありますか?

言うたら“ジャケ買い”になっちゃうんですけど、絵とタイトルだけでポンと押して、それで当たりを引いたときの感動ったらないです。まずはあれこれ考えんと、どれかタップしてもらえたらいいのかなと。作者の苦労に比べたら1000分の1もがんばらずに済むわけですから(笑)。もしかしたらハズレを引くこともあるかもしれないけど、その不安定さも面白さだと思います。「この作者、俺が自分で見つけた」って言える感動はその先にしかないので。

ありがとうございます。では最後に、10周年を迎えた「少年ジャンプ+」に今後期待することを聞かせてください。

『週刊少年ジャンプ』本誌と「少年ジャンプ+」の関係が今すごくいいバランスなのかな、と勝手ながら感じていまして。これまでもずっと楽しませてもらってきて、もちろん感謝しかないですし、これからも20周年、30周年とずっとがんばっていただきたいです。僕もずっと読み続けますので、末永く読者を楽しませていただきたいと思っております。

取材・文:ナカニシキュウ 撮影:芝山健太
編集:野路学(株式会社ツドイ)

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